ちぃさきもの

よしなしごとを ゆるゆると

「空ばかり見ていた」(2019/03/05 18:30)

@大阪・森ノ宮ピロティホール

 

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森ノ宮ピロティホールの正面階段にて


 

 ということで。

 お友達のご好意に全面的に甘えまくって行ってまいりました。

 

 上演時間自体はほぼ予定通りだと思うのですが、終了時刻は10分ほど延びてた。
これってあまりにもトイレ列長すぎて休憩延びてたから…よね?

 正直、出遅れたらチケット持って隣のキューズモールまで走ったほうが早いんじゃないかとチラッと思った(苦笑)

 

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入口の上演時間表示

 

 事前情報は上演時間以外はほとんど入れず。

 (いやまあ、東京初日から2~3日は、ついったに数件流れてきたけど、あんまりちゃんと読まなかったというか、読んでも意味があまり伝わってこないものばかりだったから記憶から抜けてるのよね。あはは。)

 

 観て思ったのは、1回こっきりの観劇ならすっきり理解しようと思っちゃダメだなってこと。もやっとさせたままが正解というか……このへんの感覚は「君が人生の時」に思ったこととちょっと似てるかな。

 

 お話自体は難しい難しいと聞いていたけど、難しいというよりめんどくさい、かな。 事実が整理できないように作られてて絡み酒の人にありがちな揚げ足取りで話が展開していく感じ、かなぁ?

 ふさわしいたとえではないんだけど、「絡み酒全開のキャストでお送りする『それでも僕はやってない』」って雰囲気に見えた。

 

 お笑い要素あるから重たくないよ大丈夫だよとか書かれているのも見てたけど、コメディはピンポイントすぎて・・・あんまりコメディたくさんあるような誘い文句は使わないほうがいいんじゃないかと。

 前の、「すべての四月のために」と似たようなシチュエーションのフリしてるけど、こっちのほうがずっと重たいというか、泥の中を進むようなねっとり感というかぬっちゃり感というかべったり感というか。そういうものがある。

 

 

 あと、観てるときの感覚が、精神疾患系の世界観を描いた映画とかに似てるなってこと。

 

 とある人物の記憶の世界とか主観の世界とか、そういうものを観てる感覚なのですよ。ある程度事実もあるはずだけど、でも事実だとしたら・・・だよね?って細かく積み上げて考察しまくらないと、事実と妄想と勘違いが整理できないやつ。

 

 というか、事実と時系列を理詰めで整理しようとしたら間違いなく破綻するやつ。

 

 あらすじのあとに、「~と仮定する。」ってつけたくなります。

 

 なんとなく、精神的にあまり大丈夫じゃない人の目を通して見る世界で話が進んでいく感じなので、どこか気持ち悪いというかなんというか。

 だからあの異物感のある役がそこそこすんなり受け入れられてるし、たくさんの矛盾をかかえたままで進んでいくのではないかと。

 

 これがミステリーなら「僕はそれらしい推理を3つ用意しました。どれでも好きなものを真相にしてください。」とか言い出す迷探偵しか出てこないだろうなと思ったよ(苦笑)

 

ここから、ちらっとネタバレっぽいこと書きます。

 

 

 

 

 誰かの記憶から作ったイメージの世界を共有(?)しているとして。

 

 ここで出てきた証言(とあえて言うけど)を組み合わせたら、犯人とされているのはこの人っぽいけれど、でも証拠品はこの人も身に着けてたことあるよね?とか、証拠品を渡されたというのはホント?それとも思い込み?みたいな言い回しもあって、泥水越しとか暗がりで見た気分になっていることを証拠と言い張って有罪だ無罪だ犯人だと言っているような、そういう気持ち悪さがあるのよね。

 

 誰かのイメージの世界と考えると、違和感の塊みたいな人たちは、記憶というかイメージの彼女たちだからこその異物感があるんだけど、それでいてだからこそそこの人たちはすんなり受け入れているのかな、と。

 夢の中だと普段なら疑問に思うことを思わずに受け入れてしまうように。

 

 夢の中というか、誰かの意識の中っぽいなと私がより強く思ったのは、セミの声なのです。ちょっと金属音っぽくて。私、セリフで言われるまでセミの声だってわからなかったんですよ。で、アブラゼミやらミンミンゼミやらクマゼミやらヒグラシやら、定番のセミの声を思い出せる限り思い出してみたのですが、どれにも当てはまらないよなぁと。
 それが、共通認識のできる事実(リアル)の世界ではなく、思念の世界だからということなのかな?と思ったわけです。

 

 というかね。

 レジスタンスに営業かけられる生保レディがすんなり成立してる時点で、その内戦自体が実在するんですか?っていう疑問すら生じるんですよね。そんな活動で命おとしても、生命保険の支払い対象になるはずないから、営業なんかするはずないし。

 大昔はどうだか知らないけど、この世界観は現代のパラレルワールドですから。(手持ちアイテムがケータイで電波もかなりしっかり入ってるみたいだから、ここ10年くらいの時間軸でないと。)

 

 「空ばかり見ていた」の“空”が、劇中ではヘリに空爆される恐怖の象徴らしく見えていたけど、もしかしたら空想の世界とか絵空事って言葉の一部だけを抜き取ってるのかな?という気にもなります。

 

 たとえば、サバイバルゲームの迫力を出すための空想の世界をのぞいてるとか、下山できなくて遭難中の白昼夢とか。実際に起きているのがその程度なんだけど、誰かの頭の中ではこんな変換されてます、みたいな話でも驚かないよなぁと。

 

  エンディングがあそこになったのは、あれ以上進めると、決定的なものが入り込んでしまって観客にひとつの答えを与えてしまうからなのかな・・・と。あれ、証拠品につながるシーンですよね?

 

 

 戯曲集読んだらまた違う感想になるのかもしれないけれど、まだ千穐楽すら迎えていないことですし、このくらいで。

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